2010年6月27日日曜日
2010年6月26日土曜日
余計なことも含め考え過ぎな自分は、今まで瞬間的な楽しみはもちろんあったものの、
一般並みに恵まれてはいるが基本的に持続的しあわせ感を感じることなく生きてきたわけだけど、
(不満が多すぎて、、)
歳をとると共に、自然とどうでもいいと思えるものも増えて、許せないものが減った。
というか、目に入ってもさほど気にしなくなった。
以前までは自分が美しいと思えないものは決して目に入れたくなかったし、
世の中に溢れているものがひどくてひどくて、気分は悪くなるし、眉間に皺寄せて歩くのがクセで、
「あんた怖いよ」とよく注意されてた。(笑)
妙に自意識過剰なのもあって知らない人と喋るのも怖かった。
成長すると、かわし方がうまくなる。
それだけでなく人間関係もそうだけど、「考えない」ことが自分にとって重要だったのだと気付き、
考えないようにしたら生きることが楽になりました。
そしてどうやら私は人が好きだったらしい。
ねがちぶさも減った。
でも最近また混乱してきた。自分自身についてだけど。
比較的生きやすくなった分、なんだか貧しい。
主張が減った気がする。合わせることが上手になった。
自分の思うことについてはずっと語れてたのに、今は意見を求められてもそれなりの答えしか出てこない。
人との価値観の違いや常に感じてきたギャップがまた生まれてしまうのが怖いのだと思う。
「考える」ことに対して臆病になってきた。
自分には何ができるんだろう。本当は何がしたいのか、今はさっぱり分かりません。
どうやら人によりかかって自分を高めようとしてるみたい。
見直そう。色々と見えなくなってる。
張り合いが なくなってきとる。
2010年6月25日金曜日
2010年6月19日土曜日
2010年6月18日金曜日
2010年6月17日木曜日
LUCIE RIE
蒸されるくらいの暑さの中、ルーシー・リー回顧展へ。
案の定終了が近いからか人多し。
美術館で人が多いのは好きではないのでさっさと足早に、
早く出口出口、、と思ってしまって全然ゆったりゆっくり見れない。
でも早く行かなかった自分が悪い。
肝心の展示会はというと、個人的には少し微妙でした。
イッセー三宅プロデュースがすごく良かったからかしら。ルーシーへの愛が伝わってくる見せ方だった。
トータルで見る感じる というような。
今回のは回顧展だけあって盛りだくさんだったけれど、数あるだけという感じ。そっけないような印象。
全てショーケース鑑賞だったからかもしれない。気持ちが近よりにくかった。
もちろんルーシーの器やボタンやエルンストによる設計、ルーシーのアパートは見応えはあったけれども。
(隣にいたおばさんは「普通の部屋ね〜え」と言っていた。。これを普通ってあなたってめちゃ突っ込みたかった笑
きっと彼女は シンプル=普通 になってしまうのだと思う)
学生で1100円は高い!もっと美術館料金安くすべき。
日本では芸術分野にはまだまだ壁がある。まだ異色のカテゴリーを抜け切れてない。
浸透しきれてないよなあ、、。
お国柄だな。
収穫もありました。
ルーシーの記事が書いてある冊子。はっとしました。
こういうことやんね!とうんうん納得。
2010年6月16日水曜日
PIOTR KAMLER
視覚的なおもしろさだけではない。切なさといじらしさ。心臓をなでられるような奇妙な感覚。
感動のストーリーではないのに(単純な内容)妙に涙腺が緩むのはなぜかしら。
音にも感動。
最近、Piotrを知ったのです。
Piotr作品の音楽担当はBernard Parmegianiという方なのですが、共に彼の存在も知り、鳥肌。
今夜はjuana molinaを聴きながらしばしぼーっとする。
実はかなり久しぶり。ベッドの上でぼけっとするの。こういう時間って大事だなあ。
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